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宇都宮地方裁判所 昭和24年(行)10号 判決

主文

被告が昭和二十三年十二月二十八日別紙目録表示の土地につき今市町農地委員会の樹てた買収計画に対する原告の訴願につき為した訴願棄却の裁決中栃木県上都賀郡今市町大字瀬尾三千三百六十三番山林五十四町五反五畝二十四歩に対する部分は之を取消す。

原告其の余の請求は之を棄却する。

訴訟費用は之を五分しその二を原告其の余を被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は被告が昭和二十三年十二月二十八日別紙目録表示の土地につき今市町農地委員会の樹てた買収計画に対する原告の訴願につき為した訴願棄却の裁決は之を取消す、訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求めその請求の原因として別紙目録表示の土地は原告の所有地であつて之等の土地は原告が山林経営の為昭和十七年九月三十日買受け翌昭和十八年よりその計画通り同年度には杉桧五万本、同十九年度には杉桧十万本、更に同二十年度には杉桧五万本を植林した、右植林中三年間に亘り今市町森林組合を通して栃木県より植林に対する補助金の交付を受けたこともあつて原告の右山林に対する植林計画は今市町及栃木県においても承知しているところである又右山林の一部には原告の為した植林の外大正十一年頃植林した落葉松、桧約三万本ありその他保安林もあり且つ全体に亘り濶葉樹天然生林地九十町歩余あつて該土地が山林であることは明瞭である原告は終戦後各般の事情に依り右植林を一時中止したけれども昭和二十四年度より引き続き植林を実施する計画で種々準備中のところ今市町農地委員会は昭和二十三年十一月十五日右土地が自作農創設特別措置法(以下自創法という)第四十条の二第一項に該当するものとして買収計画を立てたので原告は異議を申立てたが却下せられ更に被告に訴願したところ被告も亦同年十二月二十八日右訴願を棄却する旨の裁決をした、しかし右土地は前述のように山林であつて牧野ではないしかも右土地は前所有者の代理人手塚亀吉が昭和十二年より昭和十六年十二月三十一日迄の間訴外金谷真一に対し牧畜の目的で使用する為賃貸したことがあつたけれども右期間の経過に依り該賃貸借は消滅したのであつて原告は全く賃貸借のない土地を買受け其の後何人にも賃貸した事実はないから前記法条に所謂小作牧野に該当しないことは明瞭である。しかれば右法条に依り立てた右土地の買収計画は違法であつて之を認容した被告の裁決も亦違法であるからその取消を求める為本訴請求に及んだと陳述した。(立証省略)

被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求め答弁として原告主張事実中別紙目録表示の土地が原告の所有であつて昭和十七年九月三十日その所有権を取得したこと、右土地につき買収計画の樹立、異議申立訴願がありその主張の日に訴願棄却の裁決があつたこと、右土地の前所有者と訴外金谷真一との間に牧畜を目的とする賃貸借契約のあつたこと該地上に杉桧が植栽され且落葉樹濶葉樹の存在すること並に右土地の植林に関し栃木県が補助金を交付したこと(但しその金額及原告が之を受けたという点を除く)は認めるが右杉桧の植栽者及その植栽地番濶葉樹の生立面積並に原告が植林の準備中であるとの各事実は不知其の余の主張事実は否認する而して本件土地は法律の規定土地の沿革並に土地の現状から見て牧野であつて山林ではない即ち(一)自創法第二条に依れば「牧野とは家畜の放牧又は採草の目的に供される土地(農地並に植林の目的その他家畜の放牧及採草以外の目的に主として供される土地を除く)をいう」とあり尚牧野法第一条に依るも「本法に於て牧野と称するは牛馬の生産飼育の為又は採草を為すを目的とする土地を謂う」と規定してある(二)本件土地は古くから放牧地として利用されて居り昭和六年頃からは牧場として経営され既に日光の名勝霧降牧場として有名になつている従て日光の名勝案内や地図にも霧降牧場と記載されているもの多く又日光の道標の案内図にも霧降牧場と明記され又は牧牛を画いてその牧場たることを示している而して此の霧降牧場に対する畜牛の状況は昭和七年九十頭同八年百二十六頭同九年百二十頭同十年百二十二頭同十一年百十八頭同十二年百二十頭同十三年百五十二頭同十四年百五頭同十五年百三十九頭同十六年二十八頭同十七年百二十三頭同十八年百三十九頭同十九年百四十頭同二十年六十一頭同二十一年四十頭同二十二年三十頭同二十三年三十五頭である、(三)霧降牧場は古くから立木のない地区であつて一部には極めて疎な自然性雑木林等があるのみで牧場全体としては疎密度〇・三未満であつて前記措置法の所謂牧野に該当することは明かである右牧場は大部分が無木立地区として今日に及んでいることでも判るように植林地としては不適当で植林を主たる目的に供し得ないところである、原告が本件土地を所有してからその一部に杉桧を植栽した事実はあるが之等は殆んど伸長せずむしろ萎縮の状態に在りそれも次第に枯死してゆく有様であるこれに反し牧場としては適当な自然的条件を具備し地形的にも河谷に囲繞せられて牧柵の必要がなく家畜の飼料として好適な熊笹は豊富に密生し適当な給水地があり又これを利用するに便利である、それ故に事実上古くから牧場として利用され本県牧畜業界に貢献して来たのであつて現今の有畜農業経営の要望に伴い畜産界に於て大きく期待されているところである、従て本件土地は客観的に見て家畜の放牧に供される土地であり且植林目的に供することを主たる目的とする土地ではない、いはんや自創法第一条の「土地の農業上の利益を増進」する為には是非とも牧場として利用すべく植林地とすべき土地ではない、(四)又本件霧降牧場は自創法第四十条の二に依て買収さるべき牧野である、即ち右牧場は不在地主の所有する小作牧野である、訴外金谷雪子は昭和四年十二月二十一日日光町萩垣西松屋敷に於て牛乳搾取営業許可を受けて搾乳事業を為していたところ本件霧降牧場の経営を企図し昭和六年九月三十日実父真一の名義を以てその所有者羽塚広造(代理人訴外手塚亀吉)から牧場として使用の為本件土地を賃借し(賃料は地上の小屋の使用料も含めて一ケ年金百五十円)爾来牧野として経営を続け今日に至つて居りその間土地の所有者は訴外小鷹利三郎外十六名名義となつたがその管理人は依然手塚亀吉であり賃貸借はその儘継続した、昭和十六年四月十日金谷雪子は土地所有者代理人手塚亀吉の承諾を得て右牧野の賃借人を名実共に金谷雪子としその賃貸借の存続期間を同年四月から十年間即ち昭和二十五年三月迄と延長した、原告は昭和十七年九月本件土地の所有権を取得すると同時に賃貸人としての地位をも承継し手塚亀吉も亦引き続き原告の管理人として今日に及んでいる、而して金谷雪子は其の後も昭和二十三年度分迄の賃料を遅滞なく支払い牛舎を所有して現在も尚家畜を放畜している、従て本件土地は自創法第二条第三項に所謂「耕作又は養畜の業務を営む者が賃借権に基き家畜の放牧又は採草の目的に供している牧野」に該当する、しかも原告が不在地主であることは明であるから不在地主の小作牧野として同法第四十条ノ二第一項第一号に依て買収さるべきは当然である、(五)仮りに小作牧野ではないとしても耕作又は養畜を主たる業務としない法人の所有する牧野である、原告は法人でありその目的は「綿麻其の他商品の輸出入貿易を為すこと綿織物其の他商品の卸売買を営むこと前各号に附帯する事業」であつて耕作又は養畜を主たる業務としないことは明であるから自創法第四十条の二第四項第三号(現行法第四号)に該当し今市町農地委員会はこの認定をも為しているのであつてその買収は相当である、以上何れの点から見ても本件訴願の裁決には何等違法がなく取消さるべき理由がないと陳述した。(立証省略)

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